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21、暹與(せんよ)上人
もとは紀州の人である。
そして金堂を預かる身となっていた。
華や香を調えて備え、その心がけは誠に立派であった。
また灯明も怠らず供え、
私財を両壇・仏器・香炉などを調えるのに用いることを宿願としていた。
その奉仕のありさまは精進して日々怠ることなく、
毎日毎日続けられた。
遂に永万元年(1165年)12月16日、
大仏頂陀羅尼を誦え、眠るでもなく覚めるでもなく、
安祥にして世を去った。
上人の行いは、中道でないということはなく、
朝から夕まで積み重ねられた。
まことに大善を成し遂げたと言えるだろう。
注記
1165
高野山の住侶。
俗姓は不明。
夙に真言密教に思いを寄せ、高野山に住んで金堂に奉仕した。
余暇は観念誦経を業とした。
享年不明。
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