遥拝所で読むお経を取り上げますので、
ご存知ない方は、ダウンロードして、
当該箇所で読経してください。
読み方は高野山で隆蓮房が習った読み方です。
高野山でテープ(今時はCDもあるかも?)も販売しております。
初めての方は、「お加持の間」で3回加持を受けてから読みましょう。
(申し訳ありませんが、「お加持の間」は現在閉鎖中です。
 良識のあるご利用をお願いいたします。)

意味は参考程度なので、詳しくはきちんとした方から伝授を受けてください。

般若心経


ぶッせつ    まーかーはんにゃーはーらーみーたーしーんぎょう
仏説 摩訶般若波羅蜜多心経

くわんじーざいぼーさー     ぎょうじんはんにゃーはーらーみーたーじー
観自在菩薩 行深般若波羅密多時
 
しょうけんごーうんかいくう どーいッさいくーやく 
照見五蘊皆空 度一切苦厄


しゃーりーしー   しきふーいーくう     くうふーいーしき
舎利子 色不異空 空不異色

しきそくぜーくう  くうそくぜーしき 
色即是空 空即是色

じゅーそうぎょうしき   やくぶーにょーぜー   しゃーりーしー
受想行識 亦復如是 舎利子 

ぜーしょーほうくうそう    ふーしょうふーめつ   ふーくーふーじょう    ふーぞうふーげん
是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減

ぜーこーくうぢゅうむーしき     むーじゅーそうぎょうしき   むーげんにーびーぜッしんにー
是故空中無色 無受想行色 無眼耳鼻舌身意

むーしきしょうこうみーそくほう
無色声香味色法 

むーげんかいないしーむーいーしきかい
無眼界乃至無意識界

むーむーみょうやくむーむーみょうじん
無無明亦無無明尽

ないしー むーろうしー  やくむーろうしーじん
乃至無老死亦無老死尽 
  
むーくーじゅうめつどう むーちーやくむーとく
無苦集滅道 無智亦無得

いーむーしょーとッこー    ぼーだいさッたー    えーはんにゃーはーらーみーたーこー
依無所得故 菩提薩タ 依般若波羅蜜多故 

しんむー けいげー       むーけい  げーこー     むーうーくーふー
心無ケイ礙 無ケイ礙故 無有恐怖 

おんりーいッさい  てんどうむーそう
遠離一切顛倒夢想

くーきょうねーはん   さんぜーしょーぶつ   えーはんにゃーはーらーみーたーこー
究竟涅槃 三世諸仏 依般若波羅蜜多故

とく あーのくたーらー     さんみゃくさんぼーだい   こーちーはんにゃーはーらーみーたー
得阿耨多羅 三貘三菩提 故知般若波羅蜜多 

ぜーだいじんしゅー    ぜーだいみょうしゅー  ぜーむーじょうしゅー  ぜーむーとうどうしゅー
是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪 

のうじょーいッさいくー  しんじつふーこー
能除切苦 真実不虚 

こーせつはんにゃーはーらーみーたーしゅー   そくせッしゅーわつ
故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰

ぎゃーていぎゃーてい  はーらーぎゃーてい  はらそうぎゃーてい      ぼーぢーそわかー
掲諦掲諦 波羅掲諦 波羅僧掲諦 菩提薩婆訶 

はんにゃーしんぎょう
般若心経

ちなみに般若心経を何回も続けて唱えるときは、
「般若心経」まで読んだあと、頭にもどり、「仏説」を抜かして
「摩訶般若波羅蜜多心経」からまた同じように唱え、
最後の回で「般若心経」と唱えて終わります。

注:漢字が出ないところはカタカナ表記にしてあります。

このお経の解説はいろいろなものが出ていますので、そちらに譲ります。
ただ、弘法大師の「般若心経秘鍵」は、
密教的解釈による般若心経の解説で、
ご一読なさることをお勧めいたします。


理趣経百字の偈

ひゃくじのげー
百字偈

ほーさーしょうけいしゃー   だいしーしんせいしー
菩薩勝慧者 乃至尽生死  

こうさくしゅうせいりー     じーふーしゅーでッぱん
恒作衆生利 而不趣涅槃

ふぁんじゃーきゅーほうべん  ちーとーしッかーちー
般若及方便 智度悉加持

しょーほうきゅうしょーうー   いッせいかいせいせい
諸法及諸有 一切皆清浄 

よくとうちょうせーかん     れいとくせいちょーこー
欲等調世間 令得浄除故 

ゆうていきゅーあくしゅー   ちょうふくしんしょーゆー
有頂及悪趣 調伏尽諸有

じょーれんていほんぜん   ふーいーこーそーぜん
如蓮体本染 不為故所染 

しょーよくせいえきぜん     ふーぜんりーきんせい
諸欲性亦然 不染利群生 

たいよくとくせいせい      たいあんらくふーじょう
大欲得清浄 大安楽富饒

さんがいとくしーさい      のうさーけんこーりー
三界得自在 能作堅固利

理趣経は長いお経なので、時間がないときなどは、
このエッセンスである百文字だけをお唱えすることも多いです。

意訳:
密教の行者は、生きている限りは、常に他者の利益を考えて、

苦しんでいる人たちを先に悟りの世界に届けて、

自分は最後まで赴かない。。

智恵と働きかけとをもって、

現実に存在する一切のもの、および一切の生きとし生きるものを

みな清浄にする。

大欲で以ってみんなを教え導き、清らかにしていく。

天界のてっぺんから、地獄界の一番下に至るまで、

生きとし生きるものたちをすべて救い尽くす。

蓮華は泥中より生じるが、その泥には染まらない美しい華を咲かせるように、

欲もまた同じこと。

密教行者は、世俗のドロドロとした欲の中から生まれて、

美しい悟りの華を咲かせる。

一切衆生を救いたいという欲は「大欲」であって、

本来清浄なものであり、

あらゆる世界において自由自在に働き、

生きとし生きるものたちのために、大きな利益をなすことができる。


立義分

りゅーぎぶんー
立義分

まーかーえんじゃ そうせーつーうーにーしゅ
衍者總説有二種

うんがーいーに
云何為二

いッしゃほう    にーしゃーぎー
一者法 二者義 
 
しょーごんぽーしゃ  いーしゅーじょうしん 
所言法者 謂衆生心


ぜーしんそくしょう    いッさいせーけんぼう     しゅっせーけんぽう
是心則摂 一切世間法 出世間法

えーおーしーしん
依於此心
  
けんじーまーかーえんぎー     かーいーこー
顕示義 何以故

ぜーしんしんにょーそう
是心真如相

そくじーまーかーえんたいこー
即示摩衍体故  

ぜーしんしょうめついんねんそう
是心生滅因縁相

のうじーまーかーえん  じーたいそうゆうこー
能示摩衍自体相用故

しょーごんぎーしゃー   そくうーさんじゅー
所言義者 即有三種

うんがーいーさん
云何為三

いッしゃたいだい     いーいッさいほう
一者体大 謂一切法

しんにょーびょうどうふーぞうげんこー
真如平等不増減故

にーしゃーそうだい   いーにょーらいぞうぐーそくむーりょうしょうくーどッこー
二者相大 謂如来蔵具足無量性功徳故

さんじゃーゆうだい   いーのうしょういッさいせーけんしゅッせーけん  ぜんにんがーこー
三者用大 謂能生一切世間出世間善因果故

いッさいしょーぶつほんしょうじょうこー
一切諸仏本所乗故

いッさいぼーさーかいじょうしーほう      とうにょーらいじーこー
一切菩薩皆乗此法 到如来地故

しょーぶつじんじんこうだいぎー     がーこんずいぶんそうじーせつ
諸仏甚深広大義 我今随分總持説

えーしーくーどくにょほッしょう      ふーりーいッさいしゅじょうかーいー
廻此功徳如法性 普利一切衆生界

「立義分」は「大乗起信論」、つまり「大乗への信心を起こさせる書」の2章にあたり、
本書の主題「大乗とは何か」について述べる部分です。

意訳:
大乗仏教には、総説すると、二種がある。

二つとは何かというと、

1.一つは「法」(何を「大乗」と呼ぶのか)、

2.二つは「義(意味)」(「大乗」という言葉の意味、何故「大乗」と呼ぶのか)である。


1.「法」とは何か?
「法」(「大乗」と呼ばれるものとは何かというと、「衆生のそれぞれの心」のことである。

この「心」とは何かというと、

一切の世俗のものと悟りの世界のものとが含まれており、

この「心」によって大乗の意味内容を表すのである。

どうしてかというと、

この「心」の本当の姿は、つまり大乗そのもの(「体(かたち)」)を示している。

またこの「心」が種々に生滅する因縁の様子は、

よく大乗のそのものの「体(かたち)」「相(特徴・すがた)」「用(はたらき)」

という3つの側面を示しているのである。

2.「義」とは何か?
また「義(意味・内容)」(「大乗」と呼ばれる理由)には三種類がある。

何を三種類というかというと、

2−1「体大」
一つには「体大」、そのもの自体が大きいということ、

一切の物事の真のありようを言うと、

それは一切衆生に平等に備わっていて、増減しない不滅のものである。

2−2「相大」
二つには「相大」、特性が大きいということ、

つまり如来蔵(衆生は、それぞれその内に如来を宿している)のことである。

如来と同じように、無量の功徳を本来以っているためである。

2−3「用大」
三つには「用大」、そのはたらきが大きいということ、

衆生それぞれの心の中にある如来は、

よく一切の俗世間と悟りの世界の善なる因果を生むものであるためである。

まとめ
一切の諸仏は、みな大乗に基づいて悟ったのである。

一切の菩薩も、皆この大乗に基づいて如来の境地に達するのである


回向
諸仏の説かれた深く広い意味を、私は今しっかりと心に受け止めた。

この尊い功徳を一切衆生に捧げよう。


仏頂尊勝陀羅尼

ふっていそんしたーらんじー
仏頂尊勝陀羅尼

ナウボーバギャバテイ・タレイロキャハラチビシシュダヤ・


ボダヤ・バギャバテイ・タニャタ・オン・

ビシュダヤ・ビシュダヤ・

アサンマサンマ・サーマンダー・

ババサソワランダ・ギャチギャカナウ・ソワハンバ・ビシュデイ・

アビシンジャトマン・ソギャタ・バラバシャナウ・

アミリタビセイケイ・マカマンダラハダイ・

アカラアカラ・アユサンダラニ・

シュダヤシュダヤ・ギャギャナウビシュデイ・

ウシュニシャ・ビジャヤ・ビシュデイ・

サカサラアラシメイ・サンソジテイ・

サラバタタギャタ・バロキャニ・

シャタハラミタ・ハリホラニ・

サラバララギャタ・キリダヤ・

ヂシュタナウ・ヂシュチテイ・マカボダレイ・

バザラキャヤ・ソウカタナウ・ビシュデイ・

サラバ・バラダバヤ・ドラギャチ・ハリビシュデイ・

ハラチニバリタヤ・アユシュデイ・サンマヤヂシュチテイ・

マニマニマカマニ・タタタ・ボタ・クチハリシュデイ・

ビソホタボーヂシュデイ・

ジャヤジャヤ・ビジャヤビジャヤ・サンマラサンマラ・

サラバボダヂシュチタ・シュデイ・バジリバザラ・ギャラベイ・

バザランババト・ママシャリラン・

サラバサトバナン・シャキャヤ・ハリシュビシュデイ・

サラバギャチハリシュデイ・

サラバタタギャタシッシャメイ・

サンマシンバサエントウ・

サラバタタギャタサンマシンバサヂシュチテイ・

ボウヂヤボウヂヤ・ビボウヂヤビボウヂヤ・

ボウダヤボウダヤ・ビボウダヤビボウダヤ・

サーマンダーハリシュデイ・

サラバタタギャタキリダヤ・

ヂシュタナウヂシュチテイ・マカボダレイソーワーカー。

尊勝仏頂尊の悟りの境地・功徳などを説いた陀羅尼。
罪障消滅・寿命増長など無量の功徳があります。
中国・日本で古来から信仰されており、霊験談も多いです。
仏頂とはブッダの貴い頭頂の徳を人格化したもの。
ブッダの智恵のエッセンス。
尊勝仏頂は、そのうちでも一切の業障煩悩を摧破する徳をつかさどるということです。


第一帰敬尊徳門

三世中、最も殊勝なる世尊・ブッダ世尊に礼したてまつる。

第二影表法身門
即ちオーン。

第三浄除悪趣門
甚だ平等にして、地獄の底まで普く照らすことを自性とする清浄尊よ。

(悪業を)除き除きて浄化したまえ。

第四善明灌頂門
我に灌頂したまえ。

善逝(=如来)の妙言説たる甘露灌頂の大真言句をもって、

(涅槃に)導き到らしめたまえ。

第五神力加持門
無量寿尊よ。

浄めたまえ、浄めたまえ。

虚空遍浄尊よ。

仏頂最勝遍浄尊よ。

衆生(の昏睡)を警覚せしむる(=目をさまさせる)千光明尊よ。

一切如来の仰ぎ見る尊よ。

六波羅蜜(=布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智恵)の行を完成せし尊よ。

一切如来の心真言の加持力によって加持される尊よ。

広く衆生の成仏を計る尊よ。

金剛身に集成されたる遍浄尊よ。

一切の惑障・怖畏・悪趣を浄化する尊よ。

第六寿命増長門
転迷開悟せしめたまえ。

慧命清浄尊よ。

(一切如来の)本尊に加持されたる尊よ。

宝珠中の宝珠尊よ。

大宝珠尊よ。

第七定慧相応門
真如実際に遍浄なる尊よ。

開敷せる仏智による清浄尊よ。

(悪魔を)撃て、撃て。

(怨敵を)摧け、摧け。

(我らを)憶持憶念したまえ。

第八金剛供養門
一切仏智に加持されたる清浄尊よ。

金剛尊よ。

金剛蔵尊よ。

我らと一切衆生の身体を金剛身たらしめたまえ。

身体極清浄尊よ。

第九普証清浄門
一切生趣を完全に清浄ならしむる尊よ。

我が身を極清浄ならしめたまえ。

また、一切如来は我を激励したまえ。

一切如来に激励護持されたる尊よ。

成覚したまえ、成覚したまえ。

みそなわしたまえ、みそなわしたまえ。

成覚せしめたまえ、成覚せしめたまえ。

成仏せしめたまえ、成仏せしめたまえ。

普遍清浄尊よ。

一切如来の心真言の加持力に加持せられ、

広く衆生の成仏を計る尊よ。

第十成就涅槃門
成就あれ。



みつごんニん ほッろ さんげのもん

密厳院発露懺悔の文

われらさんげす
我等懺悔す、

むしより    このかたもうぞうにまとわれてしゅざいをつくる。
無始より来た妄想に纏われて衆罪を造る。

しんくいごう つねにてんどうして
心口意業常に顛倒して

あやまってむりょうふぜんのごうをおかす。
誤って無量不善の業を犯す。


ちんざいをけんりんして、せをぎょうぜず。

珍財を慳リンして
施を業ぜず


こころにまかせてほういつにして、かいをじせず。
意に任せて放逸にして、戒を持せず。

しばしば、ふんにをおこして、にんにくならず。
屡、忿恚を起して、忍辱ならず。

おおくけだいをしょうじて、しょうじんならず。
多く懈怠を生じて、精進ならず。

しんニさんらんして、ざぜんせず。
心意散乱して、座禅せず。

じっそうにいはいして、えをしゅせず。
実相に違背して、慧を修せず。


つねにかくのごとくのろくどのぎょうをたいして、
恒に是の如くの六度の行を退して、

かえってるでんさんずのごうをつくる。
還って流転三途の業を作る。

なをびくにかッてがらんノけがし、
名を比丘に仮って伽藍を穢し


かたちをしゃもんにひしてしんせをうく。
形を沙門に比して信施を受く。

うくるところのかいほんナ、わすれてじせず。
受くるとことの戒品は、忘れて持せず。

がくすべきりつぎは はいしてこのむことなし。
学すべき律儀は廃して好むことなし。

しょぶつの えんノしたもうところをはじず、
諸仏の厭悪したもうところを慚ず、

ぼさつの くのうするところをおそれず、
菩薩の苦悩するところを畏れず。

ゆげしょうごして いたずらにとしをおくり、
遊戯笑語して徒に年を送り、

てんのうそぎして むなしくひをすぐ。
諂誑詐偽して空しく日を過ぐ。

せんぬにしたがわずして ちにんにしたしみ、
善友に随わずして癡人に親しみ、

ぜんごんノつとめずして あくぎょうをいとなむ。
善根を勤めずして悪行を営む。

りようをえんとほっして じとくをさんじ
利養を得んと欲して自徳を讃じ、

しょうとくのものをみては しッとをいだく。
勝徳の者を見ては嫉妬を懐く。

ひせんのにんノみては きょうまんノしょうじ、
卑賎の人を見ては驕慢を生じ、

ふにょうのところをきいては けもうをおこす。
冨饒の所を聞いては希望を起こす。

ひんぼうのるいをきいては つねにえんりす。
貧乏の類を聞いては常に厭離す。

ことさらにころし、あやまッてころす、うじょうのみょう。
故らに殺し、誤って殺す、有情の命。

あらわにとり、ひそかにとる、たにんのざい。
顕わに取り、密かに取る、他人の財。

ふれてもふれずしても、ひぼんぎょうをおかす。
触れても触れずしても、非梵行を犯す。

くしいさんたがいにそうぞくし、
口四意三互いに相続し、

ほとけをかんねんするときははんねんノおこし、
仏を観念する時は攀縁を起こ発し、

きょうをどくじゅするときはもんくをあやまる。
経を読誦する時は文句を錯る。

もし、ぜんごんノなせばうそうにじゅうし、
若し、善根を作せば有相に住し

かえッてりんねしょうじのいんとなる。
還って輪廻生死の因と成る。

ぎょうじゅうざが、しるとしらざると
行住坐臥、知ると知らざると

ぼんずるところのかくのごとくのむりょうのつみ
犯ずる所の是の如くの無量の罪、

いま、さんぼうにたいしてみなほッろしたてまつる。
今、三宝に対して皆発露したてまつる。

じひあいみんしてしょうじょせしめたまえ。
慈悲哀愍して消除せしめたまえ。

みな、ことごとくほッろし、ことごとくさんげしたてまつる。
皆、悉く発露し、悉く懺悔したてまつる。

ないし、ほうかいのもろもろのしゅじょう、
乃至、法界の諸の衆生、

さんごうしょさのかくのごとくのつみ、
三業所作の是の如くの罪、

われ、みな、あいかわッて、ことごとくさんげしたてまつる。
我、皆、相い代わって、悉く懺悔したてまつる。

さらにまた、そのほうをうけしめず。
更に亦、その報を受けしめず。


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