6-7  般若心経秘鍵  構成が分かるように表で示してみました。

科文 秘鍵本文 心経本文
初日 般若心経秘鍵
序并せたり
遍照金剛撰
1序論 1-1
祈請の偈頌
文殊の利剣は諸戯を絶つ
覚母の梵文は調御の師なり
チクマンの真言を種子とす
諸教を含蔵せる陀羅尼なり
無辺の生死何んが能く断つ
唯禅那正思惟のみ有ってす
尊者の三摩は仁譲らず
我れ今讃述す哀悲を垂れたまえ
1-2
仏法の大綱
夫れ仏法遥に非らず、心中にして即ち近し。
真如外に非らず、身を棄てて何くんか求めん。
迷悟我れに在れば発心すれば即ち至る。
明暗他に非ざれば信修すれば忽に證ず。
哀れなる哉哀れなる哉長眠の子、苦しい哉痛い哉狂酔の人、
痛狂は酔わざるを笑い、酷睡は覚者を嘲る。
曾て医王の薬を訪わずんば、何れの時にか大日の光を見ん。
翳障の軽重、覚悟の遅速の若くに至っては、機根不同にして性欲即ち異なり。
遂じて二教轍を殊んじて手を金蓮の場に分ち、五乗*〔金+鹿〕を並べて蹄を幻影の埒に*〔あしへん+宛〕つ。
其の解毒に隨うて薬を得ること即ち別なり。
慈父導子の方大鋼此れに在り。
1-3
心経の大意
1-3-1
一経の鋼格
二日 大般若波羅密多心経といっぱ、即ち是れ大般若菩薩の大心真言三摩地法門なり。
文は一紙に欠けて行は則ち十四なり。
謂うべし簡にして要なり約やかにして深し。
五蔵の般若は一句に*〔口+兼〕んで飽かず、
七宗の行果は一行に*〔又+又+又+又+酉+欠〕んで足らず。
1-3-2
口々の深妙
観在薩*〔土+垂〕は則ち諸乗の行人を挙げ、
度苦涅槃は則ち諸教の得楽を*〔寒−ニスイ+衣」〕ぐ。
五蘊は横に迷境を指し、三仏は竪に悟心を示す。
色空と言えば則ち普賢頤を円融の義に解き、
不生と談ずれば則ち文殊顔を絶戯の観に破る。
之れを識界に説けば簡持手を拍ち、
之れを境智に泯ずれば帰一心を快くす。
十二因縁は生滅を麟角に指し、
四諦法輪は苦空を羊車に驚かす。
況んや復たギャテイの二字は諸蔵の行果を呑み、
ハラソウの両言は顕密の法教を孕めり。
一一の声字は歴劫の談にも尽きず、
一一の名実は塵滴の仏も極めたまうこと無し。
1-3-3
得益の殊勝
是の故に誦持講供すれば則ち苦を抜き楽を与え、
修習思惟すれば則ち道を得通を起こす。
甚深の称誠に宜しく然る可し。
1-4
造論の旨趣
三日 余、童を教うるの次に、聊か鋼要を撮って彼の五分を釈す。
釈家多しと雖も未だ此の幽を釣らず。
翻訳の同異、顕密の差別並びに後に釈するが如し。
1-5
余義の問答
或が問って云く、
般若は第二未了の教なり、何ぞ能く三顕の経を呑まん。
如来の説法は一字に五乗の義を含み、一念に三蔵の法を説く。
何に況んや一部一品、何ぞ匱しく何ぞ無からん。
亀卦・爻・*〔くさかんむり+老+日〕万象を含んで尽ること無く、帝網・声論諸義を呑んで窮まらず。
難者の日く、
若し然らば前来の法匠何ぞ斯の言を吐かざる。
答、聖人の薬を投ぐること機の深浅に隨い、
賢者の説黙は時を待ち人を待つ。
吾れ未だ知らず、蓋し言うべきを言わざるか、言うまじければ言わざるか、言うまじきを之れを言えらん。
失、智人断りたまえ而已。
2本論 2-1
心経の題釈
四日 仏説摩訶般若波羅蜜多心経といっぱ、此の題額に就て二つの別有り、梵漢別なるが故に。

摩訶
般若
波羅蜜多

今仏説摩訶般若波羅蜜多心経と謂っぱ胡漢雜え挙げたり。
説心経の三字は漢名、余の九字は胡号なり。
若し具なる梵名ならば、ボダハシャマカハラジャハラミタカリダソタランと曰うべし。
初の二字は円満覚者の名、
次の二字は密蔵を開悟し甘露を施す称なり。
次の二字は大多勝に就いて義を立つ。
次の二字は定慧に約して名を樹つ。
次の三つは所作已弁に就いて号とす。
次の二つは処中に據って義を表す。
次の二つは貫線摂持等を以て字を顕わす。
若し総の義を以て説かば皆人法喩を具す。
斯れ則ち大般若波羅蜜多菩薩の名なり。
即ち是れ人なり。
此の菩薩に法曼荼羅真言三摩地門を具す。
一一の字は即ち法なり。
此の一一の名は皆世間の浅名を以て、
法性の深号を表わす。
即ち是れ喩なり。
2-2
心経の要目
2-2-1
心経の説聴
五日 此の三摩地門は仏鷲峯山に在して*〔秋+鳥〕子等の為に之れを説いたまえり。
2-2-2
心経の翻訳
此の経に数の翻訳あり。
第一に羅什三蔵の訳、今の所説の本是れなり。
次に唐の遍覚三蔵の翻には題に仏説摩訶の四字無し。
五蘊の下に等の字を加え、遠離の下に一切の字を除く、陀羅尼の後に功能無し。
次に大周の義浄三蔵の本には題に摩訶の字を省き、真言の後に功能を加えたり。
又法月及び般若両三蔵の翻には並びに序文流通有り。
2-2-3
心経の顕密
又陀羅尼集経の第三の巻に此の真言法を説けり。
経の題羅什と同じ。
般若心といっぱ、
此の菩薩に身心等の陀羅尼有り、
是の経の真言は即ち大心咒なり、
此の心真言に依つて般若の名を得。
或が云く、
大般若経の心要を略出するが故に心と名づく、是れ別会の説にあらずと。云云。
所謂龍に蛇の鱗有るが如し。
2-3
心経の五分
六日 此の経に総じて五分有り。
第一に人法総通分、観自在というより度一切苦厄に至るまで是れなり。
第二に分別諸乗分、
色不異空というより無所得故に至るまで是れなり。
第三に行人得益分、
菩提薩*〔土+垂〕というより三藐三菩提に至るまで是れなり。
第四に総帰持明分、
故知般若というより真実不虚に至るまで是れなり。
第五に秘蔵真言分、
ギャテイギャテイというよりソワカに至るまで是れなり。
2-4-1
人法総通分
(因行證入時分) 第一の人法総通分に五つ有り、因行證入時是れなり。 観自在菩薩
行深般若波羅蜜多時、
照見五蘊皆空、
度一切苦厄。
観自在と言っぱ能行の人、即ち此の人は本覚の菩提を因とす。
深般若は能所観の法、即ち是れ行なり。
照空は即ち能證の智、度苦は即ち所得の果、果は即ち人なり。
彼の教に依る人の智無量なり、智の差別に依て時亦多し三生・三劫・六十・百・妄執の差別是れを時と名づく。
頌に日く、
(再説の偈頌)  観人、智慧を修して
 深く五衆の空を照らす
 歴劫修念の者
 煩を離れて一心に通ず
2-4-2
分別諸乗分
七日 第二の分別諸乗分に亦五つあり、建絶相二一是れなり。 (舎利子。)
色不異空、
空不異色、
色即是空、
空即是色。
受・想・行・識亦復如是。
2-4-2-1
分別諸乗分の一
(無碍の建立) 初めに建といっぱ、謂わゆる建立如来の三摩地門是れなり。
色不異空というより亦復如是に至るまで是れなり。
建立如来といっぱ、即ち普賢菩薩の秘号なり。
普賢の円因は円融の三法を以て宗とす。
故に以て之に名づく。
又是れ一切如来菩提心行願の身なり。
頌に日く、
(再説の偈頌)  色空本より不二なり
 事理元より来た同なり
 無礙に三種を融ず
 金水の喩其の宗なり
2-4-2-2
分別諸乗分の二
(対立の絶離) 二つに絶といっぱ、謂わゆる無戯論如来の三摩地門是れなり。 (舎利子。)
是諸法空相、
不生不滅、
不垢不浄、
不増不減。
是諸法空相というより不増不減に至るまで是れなり。
無戯論如来と言っぱ即ち文殊菩薩の密号なり。
文殊の利剣は能く八不を揮って彼の妾執の心を絶つ。
是の故に以て名づく。
頌に日く、
(再説の偈頌)  八不に諸戯を絶つ
 文殊は是れ彼の人なり
 独空畢竟の理
 義用最も幽真なり。
2-4-2-3
分別諸乗分の三
(諸法の相状) 八日 三つに相といっぱ、謂わゆる摩訶梅多羅冐地薩怛*〔口+縛〕の三摩地門是れなり。 是故空中、
無色、無受・想・行・識、
無眼・耳・鼻・舌・身・意、
無色・声・香・味・触・法。
無眼界、乃至、無意識界。
是故空中無色というより無意識界に至るまで是れなり。
大慈三味は与楽を以て宗とし、因果を示して誡とす。
相性別論し唯識境を遮す。
心只此れに在り。
頌に日く、
(再説の偈頌)  二我何れの時にか断つ 
 三祇に法身を證ず
 阿陀は是れ識性なり 
 幻影は即ち名賓なり
2-4-2-4
分別諸乗分の四
(声聞と縁覚) 四つに二といっぱ、唯蘊〔くさかんむり+糸*因+皿〕無我抜業因種是れなり。
是れ即ち二乗の三摩地門なり。
(縁覚の三昧) 無無明というより無老死尽に至るまで、 無無明、亦無無明尽、
乃至、無老死、亦無老死尽。
即ち是れ因縁仏の三味なり。
頌に日く、
 風葉に因縁を知る
 輪廻幾の年にか覚る
 露花に種子を除く
 羊鹿の号相連れり
(声聞の三昧) 無苦集滅道此れ是の一句五字は、 無苦・集・滅・道。
即ち依声得道の三味なり。
頌に日く、
 白骨に我何んか在る
 *〔やまいだれ+於〕に人本より無し
 吾が師は是れ四念なり
 羅漢亦何んぞ虞しまん
2-4-2-5
分別諸乗分の五
(一道の妙旨) 五つに一といっぱ、阿哩也*〔口+縛〕路枳帝冐地薩怛*〔口+縛〕の三摩地門なり。 無智亦無得。以無所得故
無智というより無所得故に至るまで是れなり。
此の得自性清浄如来は、一道清浄妙蓮不染を以て衆生に開示して其の苦厄を抜く。
智は能達を挙げ得は所證に名づく。
既に理智を泯ずれば強ちに一の名を以てす。
法華・涅槃等の摂末帰本の教唯此の十字に含めり。
諸乗の差別、智者之れを察せよ。
頌に日く、
(再説の偈頌)  蓮を観じて自浄を知り
 菓を見て心徳を覚る
 一道に能所を泯ずれば
 三車即ち帰黙す
2-4-3
行人得益分
(行人と得益) 九日 第三の行人得益分に二有り。 菩提薩*〔土+垂〕

依般若波羅蜜多故、
心無*〔四+圭〕礙、
無*〔四+圭〕礙故、
無有恐怖、
遠離一切顛倒夢想、
究竟涅槃。

三世諸仏、
依般若波羅蜜多故、
得阿耨多羅三藐三菩提。
人法是れなり。
初の人に七有り。
前の六後の一つなり。
乗の差別に隨つて薩*〔土+垂〕に異有るが故に。
又薩*〔土+垂〕に四つあり。
愚識金智是れなり。
次に又法に四つあり、謂わく因行證入なり。
般若は即ち能因能行、無碍離障は即ち入涅槃、能證の覚智は即ち證果なり。
文の如く思知せよ。
頌に日く、
(再説の偈頌)  行人の数は是れ七つ
 重二彼の法なり
 円寂と菩提と
 正依何事か乏しからん
2-4-4
総帰持明分
(般若の持明) 第四の総帰持明分に又三つあり、名体用なり。
故知、般若波羅蜜多

是大神呪、
是大明呪、
是無上呪、
是無等等呪、
(以上、四種の咒名)

能除一切苦、
(以上、用=はたらき)

真実不虚。
(以上、体=本質・本体)

四種の咒明は名を挙げ、真実不虚は体を指し、能除諸苦は用を顕わす。
名を挙ぐる中に、
初の是大神咒は声聞の真言、
二は縁覚の真言、
三は大乗の真言、
四は秘蔵の真言なり。
若し通の義を以ていわば、一一の真言に皆四名を具す。
略して一隅を示す、円智の人、三即帰一せよ。
頌に日く、
(再説の偈頌)  総持に文義あり
 忍咒悉く持明なり
 声字と人法と
 実相とに此の名を具す
2-4-5
秘蔵真言分
(秘蔵の真言) 第五に秘蔵真言分に五つ有り。 故説、般若波羅蜜多呪。
即説呪曰)

羯諦
羯諦
波羅羯諦
波羅僧羯諦
菩提薩婆訶。
初のギャテイは声聞の行果を顕わし、
二のギャテイは縁覚の行果を挙げ、
三のハラギャテイは諸大乗最勝の行果を指し、
四のハラソウギャテイは真言曼荼羅具足輪円の行果を明し、
五のボウジソワカは上の諸乗究竟菩薩證入の義を説く、
句義是の如し。
若し字相義等に約して之れを釈せば、無量の人法等の義有り。
劫を歴ても尽し難し。
若し要聞の者は法に依って更に問え。
頌に日く、
(再説の偈頌)  真言は不思議なり
 観誦すれば無明を除く
 一字に千理を含み
 即身に法如を證ず
 行行として円寂に至り
 去去として原初に入る
 三界は客舎の如し
 一心は是れ本居なり
2-5
問答決疑分
(真言の釈不) 十日 問う、
陀羅尼は是れ如来の秘密語なり。
所以に古の三蔵、諸の疏家、皆口を閉じ筆を絶つ。
今此の釈を作る、深く聖旨に背けり。
如来の説法に二種有り。
一つには顕、二つには秘。
顕機の為には多名句を説き、
秘根の為には総持の字を説く。
是の故に、如来自らア字オン字等の種種の義を説いたまえり。
是れ則ち秘機の為に此の説を作す。
龍猛・無畏・広智等も亦其の義を説いたまう。
能不の間教機に在り耳。
之れを説き之を黙する、並びに仏意に契えり。
(顕教と密教) 問う、
顕密二教其の旨天に懸なり。
今此の顕経の中に秘義を説く不可なり。
医王の目には途に触れて皆薬なり。
解宝の人は鉱石を宝と見る。
知ると知らざると何誰が罪過そ。
又此の尊の真言・儀軌・観法は、仏金剛頂の中に説いたまえり。
此れ秘が中の極秘なり。
応化の釈迦は給孤園に在して、菩薩・天人の為に画像・壇法・真言・手印等を説いたもう、亦是れ秘密なり。
陀羅尼集経の第三の巻是れなり。
顕密は人に在り、声字は即ち非なり。
然れども猶顕が中の秘、秘が中の極秘なり。
浅深重重耳。
2-6
讃嘆流通分
我れ秘密真言の義に依つて
略して心経五分の文を讃ず
一字一文、法界に遍じ
無終無始にして我が心分なり
翳眼の衆生は盲いて見ず
曼儒般若は能く紛を解く
斯の甘露を灑いで迷者を霑す
同じく無明を断じて魔軍を破せん
般若心経秘鍵
2-7
所謂上表文
時に弘仁九年の春天下大疫す。
爰に帝皇自ら黄金を筆端に染め、紺紙を爪掌に握って、般若心経一巻を書写し奉りたもう。
予講読の撰に範て経旨を綴る。
未だ結願の詞を吐かざるに蘇生の族途に佇む。
夜変じて日光赫赫たり。
是れ愚身が戒徳に非ず、金輪御信力の所為なり。
但し神舎に詣せん輩此の秘鍵を誦じ奉るべし。
昔予鷲峯説法の莚に陪って、親り是の深文を聞きき、豈其の義に達せざらんや而已
入唐沙門空海上表
凡例
科文(段落分け)による構成などが分かるように、セルに行を挿入。
問答において問者の発言部分と答者の発言部分が分かるように色分け。偈頌にも着色。
科文の数字は、大学のテキストを基に隆蓮房オリジナルに訂正しました。
心経本文(常用経典による)を対照。
「数の翻訳」については後に整理して掲載します。

   十巻章トップ