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初日
覚母の梵文は調御の師なり チクマンの真言を種子とす 諸教を含蔵せる陀羅尼なり 無辺の生死何んが能く断つ 唯禅那と正思惟のみ有ってす 尊者の三摩は仁譲らず 我れ今讃述す哀悲を垂れたまえ[i] |
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夫れ仏法遥に非らず、心中にして即ち近し。
真如外に非らず、身を棄てて何くんか求めん。
迷悟我れに在れば発心すれば即ち至る。
明暗他に非ざれば信修すれば忽に證ず。
哀れなる哉哀れなる哉長眠の子、苦しい哉痛い哉狂酔の人、
痛狂は酔わざるを笑い、酷睡は覚者を嘲る。
曾て医王の薬を訪わずんば、何れの時にか大日の光を見ん。
翳障の軽重、覚悟の遅速の若くに至っては、
機根不同にして性欲即ち異なり。
遂じて二教轍を殊んじて手を金蓮の場に分ち、
五乗*〔金+鹿〕を並べて蹄を幻影の埒に*〔あしへん+宛〕つ。
其の解毒に隨うて薬を得ること即ち別なり。
慈父導子の方大鋼此れに在り。
このページトップ ページ本文トップ 十巻章トップ大般若波羅密多心経といっぱ、
即ち是れ大般若菩薩の大心真言三摩地法門なり。
文は一紙に欠けて行は則ち十四なり。
謂うべし簡にして要なり約やかにして深し。
五蔵の般若は一句に*〔口+兼〕んで飽かず、
七宗の行果は一行に*〔又+又+又+又+酉+欠〕んで足らず。
観在薩*〔土+垂〕は則ち諸乗の行人を挙げ、
度苦涅槃は則ち諸教の得楽を*〔寒−ニスイ+衣」〕ぐ。
五蘊は横に迷境を指し、三仏は竪に悟心を示す。
色空と言えば則ち普賢頤を円融の義に解き、
不生と談ずれば則ち文殊顔を絶戯の観に破る。
之れを識界に説けば簡持手を拍ち、
之れを境智に泯ずれば帰一心を快くす。
十二因縁は生滅を麟角に指し、
四諦法輪は苦空を羊車に驚かす。
況んや復たギャテイの二字は諸蔵の行果を呑み、
ハラソウの両言は顕密の法教を孕めり。
一一の声字は歴劫の談にも尽きず、
一一の名実は塵滴の仏も極めたまうこと無し。
是の故に誦持講供すれば則ち苦を抜き楽を与え、
修習思惟すれば則ち道を得通を起こす。
甚深の称誠に宜しく然る可し。
このページトップ ページ本文トップ 十巻章トップ余、童を教うるの次に、聊か鋼要を撮って彼の五分を釈す。
釈家多しと雖も未だ此の幽を釣らず。
翻訳の同異、顕密の差別並びに後に釈するが如し。
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如来の説法は一字に五乗の義を含み、一念に三蔵の法を説く。 何に況んや一部一品、何ぞ匱しく何ぞ無からん。 亀卦・爻・*〔くさかんむり+老+日〕万象を含んで尽ること無く、帝網・声論諸義を呑んで窮まらず。 |
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吾れ未だ知らず、 失、智人断りたまえ而已。 |
仏説摩訶般若波羅蜜多心経といっぱ、此の題額に就て二つの別有り、
梵漢別なるが故に。
今仏説摩訶般若波羅蜜多心経と謂っぱ胡漢雜え挙げたり。
説心経の三字は漢名、余の九字は胡号なり。
若し具なる梵名ならば、
ボダハシャマカハラジャハラミタカリダソタランと曰うべし。
初の二字は円満覚者の名、
次の二字は密蔵を開悟し甘露を施す称なり。
次の二字は大多勝に就いて義を立つ。
次の二字は定慧に約して名を樹つ。
次の三つは所作已弁に就いて号とす。
次の二つは処中に據つて義を表す。
次の二つは貫線摂持等を以て字を顕わす。
若し総の義を以て説かば皆人法喩を具す。
斯れ則ち大般若波羅蜜多菩薩の名なり。
即ち是れ人なり。
此の菩薩に法曼荼羅真言三摩地門を具す。
一一の字は即ち法なり。
此の一一の名は皆世間の浅名を以て、法性の深号を表わす。
即ち是れ喩なり。
此の三摩地門は仏鷲峯山に在して*〔秋+鳥〕子等の為に之れを説いたまえり。
此の経に数の翻訳あり。
第一に羅什三蔵の訳、今の所説の本是れなり。
次に唐の遍覚三蔵の翻には題に仏説摩訶の四字無し。
五蘊の下に等の字を加え、遠離の下に一切の字を除く、陀羅尼の後に功能無し。
次に大周の義浄三蔵の本には題に摩訶の字を省き、真言の後に功能を加えたり。
又法月及び般若両三蔵の翻には並びに序文流通有り。
又陀羅尼集経の第三の巻に此の真言法を説けり。
経の題羅什と同じ。
般若心といっぱ、此の菩薩に身心等の陀羅尼有り、
是の経の真言は即ち大心咒なり、
此の心真言に依つて般若の名を得。
或が云く、大般若経の心要を略出するが故に心と名づく、 是れ別会の説にあらずと。云云。 |
所謂龍に蛇の鱗有るが如し。 |
此の経に総じて五分有り。
第一に人法総通分、観自在というより度一切苦厄に至るまで是れなり。
第二に分別諸乗分、色不異空というより無所得故に至るまで是れなり。
第三に行人得益分、菩提薩*〔土+垂〕というより三藐三菩提に至るまで是れなり。
第四に総帰持明分、故知般若というより真実不虚に至るまで是れなり。
第五に秘蔵真言分、ギャテイギャテイというよりソワカに至るまで是れなり。
第一の人法総通分に五つ有り、因行證入時是れなり。
観自在と言っぱ能行の人、即ち此の人は本覚の菩提を因とす。
深般若は能所観の法、即ち是れ行なり。
照空は則ち能證の智、度苦は則ち所得の果、果は即ち人なり。
彼の教に依る人の智無量なり、
智の差別に依て時亦多し三生・三劫・六十・百・妄執の差別是れを時と名づく。
頌に日く、
深く五衆の空を照らす 歴劫修念の者 煩を離れて一心に通ず |
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第二の分別諸乗分に亦五つあり、建絶相二一是れなり。[ii]
初めに建といっぱ、謂わゆる建立如来の三摩地門是れなり。
色不異空というより亦復如是に至るまで是れなり。
建立如来といっぱ、即ち普賢菩薩の秘号なり。
普賢の円因は円融の三法を以て宗とす。
故に以て之に名づく。
又是れ一切如来菩提心行願の身なり。
頌に日く、
事理元より来た同なり 無礙に三種を融ず 金水の喩其の宗なり |
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二つに絶といっぱ、謂わゆる無戯論如来の三摩地門是れなり。
是諸法空相というより不増不減に至るまで是れなり。
無戯論如来と言っぱ即ち文殊菩薩の密号なり。
文殊の利剣は能く八不を揮って彼の妾執の心を絶つ。
是の故に以て名づく。
頌に日く、
八不に諸戯を絶つ 文殊は是れ彼の人なり 独空畢竟の理 義用最も幽真なり。 |
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三つに相といっぱ、謂わゆる摩訶梅多羅冐地薩怛*〔口+縛〕の三摩地門是れなり。
是故空中無色というより無意識界に至るまで是れなり。
大慈三味は与楽を以て宗とし、因果を示して誡とす。
相性別論し唯識境を遮す。
心只此れに在り。頌に日く、
二我何れの時にか断つ 三祇に法身を證ず 阿陀は是れ識性なり 幻影は即ち名賓なり |
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四つに二といっぱ、唯蘊無我抜業因種是れなり。
是れ即ち二乗の三摩地門なり。
(縁覚の三昧)
無無明というより無老死尽に至るまで、即ち是れ因縁仏の三味なり。
頌に日く、
輪廻幾の年にか覚る 露花に種子を除く 羊鹿の号相連れり |
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無苦集滅道此れ是の一句五字は、即ち依声得道の三味なり。
頌に日く、
*〔やまいだれ+於〕に人本より無し 吾が師は是れ四念なり 羅漢亦何んぞ虞しまん |
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五つに一といっぱ、阿哩也*〔口+縛〕路枳帝冐地薩怛*〔口+縛〕の三摩地門なり。
無智というより無所得故に至るまで是れなり。
此の得自性清浄如来は、一道清浄妙蓮不染を以て衆生に開示して其の苦厄を抜く。
智は能達を挙げ得は所證に名づく。
既に理智を泯ずれば強ちに一の名を以てす。
法華・涅槃等の摂末帰本の教唯此の十字に含めり。
諸乗の差別、智者之れを察せよ。
頌に日く、
菓を見て心徳を覚る 一道に能所を泯ずれば 三車即ち帰黙す |
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第三の行人得益分に二有り。
人法是れなり。
初の人に七有り。
前の六後の一つなり。
乗の差別に隨つて薩*〔土+垂〕に異有るが故に。
又薩*〔土+垂〕に四つあり。
愚識金智是れなり。次に又法に四つあり、謂わく因行證入なり。
般若は即ち能因能行、無碍離障は即ち入涅槃、能證の覚智は即ち證果なり。
文の如く思知せよ。
頌に日く、
重二彼の法なり 円寂と菩提と 正依何事か乏しからん |
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第四の総帰持明分に又三つあり、名体用なり。
四種の咒明は名を挙げ、
真実不虚は体を指し、
能除諸苦は用を顕わす。
名を挙ぐる中に、
初の是大神咒は声聞の真言、
二は縁覚の真言、
三は大乗の真言、
四は秘蔵の真言なり。
若し通の義を以ていわば、一一の真言に皆四名を具す。
略して一隅を示す、円智の人、三即帰一せよ。
頌に日く、
忍咒悉く持明なり 声字と人法と 実相とに此の名を具す |
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第五に秘蔵真言分に五つ有り。
初のギャテイは声聞の行果を顕わし、
二のギャテイは縁覚の行果を挙げ、
三のハラギャテイは諸大乗最勝の行果を指し、
四のハラソウギャテイは真言曼荼羅具足輪円の行果を明し、
五のボウジソワカは上の諸乗究竟菩薩證入の義を説く、句義是の如し。
若し字相義等に約して之れを釈せば、無量の人法等の義有り。
劫を歴ても尽し難し。
若し要聞の者は法に依って更に問え。
頌に日く、
観誦すれば無明を除く 一字に千理を含み 即身に法如を證ず
去去として原初に入る 三界は客舎の如し 一心は是れ本居なり[iii] |
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問う、陀羅尼は是れ如来の秘密語なり。 所以に古の三蔵、諸の疏家、皆口を閉じ筆[iv]を絶つ。 今此の釈を作る、深く聖旨に背けり。 |
一つには顕、二つには秘。 顕機の為には多名句を説き、秘根の為には総持の字を説く。 是の故に、如来自らア字オン字等の種種の義を説いたまえり。 是れ則ち秘機の為に此の説を作す。 龍猛・無畏・広智等も亦其の義を説いたまう。 能不の間教機に在り耳。 之れを説き之を黙する、並びに仏意に契えり。 |
今此の顕経の中に秘義を説く不可なり。 |
解宝の人は鉱石を宝と見る。 知ると知らざると何誰が罪過そ[v]。 又此の尊の真言・儀軌・観法は、仏金剛頂の中に説いたまえり。 此れ秘が中の極秘なり。 応化の釈迦は給孤園に在して、 陀羅尼集経の第三の巻是れなり。 顕密は人に在り、声字は即ち非なり。 然れども猶顕が中の秘、秘が中の極秘なり。 浅深重重耳[vi]。 |
略して心経五分の文を讃ず 一字一文、法界に遍じ 無終無始にして我が心分なり 翳眼の衆生は盲いて見ず 曼儒般若は能く紛を解く 斯の甘露を灑いで迷者を霑す 同じく無明を断じて魔軍を破せん |
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般若心経秘鍵
時に弘仁九年の春天下大疫す。
爰に帝皇自ら黄金を筆端に染め、紺紙を爪掌に握って、般若心経一巻を書写し奉りたもう。予講読の撰に範て経旨を綴る。
未だ結願の詞を吐かざるに蘇生の族途に*〔一+丁〕む。
夜変じて日光赫赫たり。
是れ愚身が戒徳に非ず、金輪御信力の所為なり。
但し神舎に詣せん輩此の秘鍵を誦じ奉るべし。
昔予鷲峯説法の莚に陪って、親り是の深文を聞きき、豈其の義に達せざらんや而已[vii]
入唐沙門空海上表
隆蓮房注
中川テクストをほぼまる写し。
凡例参照のこと。